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千葉地方裁判所 平成7年(わ)210号 判決 1996年10月29日

主文

被告人を禁錮一年六月に処する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、平成二年四月一日から同四年三月三一日までの間、千葉県市川市高谷二丁目二一番五号所在の千葉県真間川改修事務所国分川建設課長として、当時、同県が発注し、清水建設株式会社、飛島建設株式会社及び鹿島建設株式会社が工区を区分してそれぞれ受注、施工していた同県松戸市和名ヶ谷地先の一級河川国分川分派点から同市上矢切地先の一級河川坂川に至る国分川分水路(全長三三六二メートル)建設工事の指導監督等を行うと共に、国分川及び和名ヶ谷用水路からの洪水による濁流が同分水路トンネル上流側坑口から流入してその下流側トンネル坑内で分水路トンネル掘削工事を施工していた飛島建設株式会社などの作業員に危険を及ぼすことを防護するための設備として清水建設株式会社が同県より受注施工して完成させた同市和名ヶ谷一四五一番地所在の同分水路トンネル上流側坑口仮締切の引渡しを同社から受けてこれを管理する業務等に従事していたものであるが、平成三年九月一九日午後四時三〇分ころ、折からの台風一八号の影響による豪雨のため、国分川が氾濫し、和名ヶ谷用水路からその濁流が溢れ、前記仮締切前面の水門等建設工事現場掘削地の外周を取り囲む工事用仮設道路東側を越えて右掘削地内に流入し始め、同日午後四時五二分ころ、前記真間川改修事務所において、前記水門等建設工事を施工していた清水建設株式会社の工事担当者であるAから、電話により、「仮設道路を越えて水が入ってきた。水の勢いが強くて簡単に止められない。」旨の緊急通報を受けた際、当時、前記仮締切から約一六〇〇メートル下流の同分水路トンネル坑内で飛島建設株式会社等の作業員が分水路トンネル掘削工事に従事していたのであるから、右仮設道路を越流してきた濁流が、右仮締切前面の掘削地内に貯留すると、その水圧により、同仮締切が決壊して多量の濁流が同分水路トンネル坑内に流入し、右作業員らの生命に危険が及ぶことを予見し、直ちに、右飛島建設株式会社に対して、その作業員に右分水路トンネル坑内の工事を中止させ、工事現場から緊急退避させるよう指示すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、右掘削地内に濁流が流入しても仮締切が決壊することはないものと軽信し、同日午後五時ころ、前記真間川改修事務所から同市二十世紀が丘梨元町三〇番地所在の飛島建設株式会社国分トンネル作業所に電話をかけ、同社現場代理人であるBに対し、分水路トンネル掘削現場の切羽にコンクリートの吹き付けをするよう指示し、右作業員らに同分水路トンネル坑内での作業を継続させ、作業員の緊急退避を指示しなかった過失により、同日午後五時一八分ころ、前記仮設道路を越えて同掘削地内に大量に貯留した水の水圧により前記仮締切が決壊し、右貯留した水が濁流となり、同分水路トンネル坑内に流入して同分水路トンネルを水没させ、よって、そのころ前記分水路トンネル坑内の掘削工事現場等において作業に従事するなどしていた前記飛島建設株式会社社員C(当時二二歳)、同D(当時二四歳)、同E(当時二九歳)、同社の下請会社である成豊建設株式会社社員F(当時四〇歳)、同G(当時四三歳)、同A(当時六三歳)及び同I(当時四一歳)の合計七名を溺死させて死亡させたものである。

(証拠の標目)<省略>

(争点に対する判断)

第一  事実関係

一  当公判廷において取り調べた関係各証拠によれば、本件については次のような事実関係が認められる。

1 国分川分水路トンネル建設工事の概要及びその進捗状況について

(一) 国分川分水路トンネル建設工事(以下「本件工事」という。)について

国分川分水路事業は、国分川上流の溢水を千葉県松戸市和名ヶ谷地先の一級河川国分川分派点から同市上矢切地先に至る「国分川分水路」(トンネル型の水路部分を含む。右トンネル型水路区間については、以下「分水路トンネル」などという。)、坂川を経て、江戸川に流し、国分川下流域や関連する河川の洪水を防止する目的をもって、昭和四八年度(この当時の事業主は松戸市)から国が都市小河川改修事業として認可し、以後千葉県が事業主となって発注し、委託施工され、本件工事に係る分水路トンネルは、昭和五九年度からの真間川流域の総合治水対策特定河川事業の一環として建設が始まったものである。国分川分派点から坂川の合流点に至る国分川分水路の総延長は三三六二メートル、分水路トンネル区間は二五五五メートルに達するものである。

本件工事は、坂川側と国分川側の両側から掘削を開始し、本件事故当時未着手部分一九〇メートル余りを残して貫通間近の状態であった。本件事故は、飛島建設株式会社(以下「飛島建設」という。)受注部分の「中流工区(その3)」(以下「中流工区」という。)の分水路トンネル坑内作業現場において発生した。

(二) 千葉県真間川改修事務所について

千葉県真間川改修事務所(以下「改修事務所」という。)は、千葉県市川市高谷二丁目二一番五号に所在し、昭和五七年に千葉県土木部の出先機関として設置され、同県組織規程上は同部管理課の組織下にあるが、実際の担当業務の点では同部河川課の出先機関としての機能を果たしていた。その業務内容は、同規程上、「真間川水系河川の河川改修事業及び災害復旧事業に関する事務等の一部をつかさどる」とあり、具体的には、その管轄する河川流域の事業用地の買収、建設事業の推進、建設物及び建設途上事業の維持管理、管轄する河川の水防活動等を担当していた。改修事務所には、総務課、用地課、真間川改修課及び国分川建設課の各課が設置されており、国分川建設課は、本件分水路工事の全般を担当しており、国分川分水路に関する調査、設計、施工及び請負業者に対する指導、監督等、あるいは国分川分水路の災害復旧等の業務を担当していた。被告人は、平成二年四月一日に同課長として就任し、以後平成四年三月三一日まで同職にあり、また本件事故発生当時、同課には、課長である被告人の下に副主査としてJ、同K、同L、主任技師M、技師N、同Oの合計七名が在職していた。

被告人は同課の業務全般を統括し、J副主査及びK副主査が本件中流工区の工事監督員に指定されていた。

2 分水路トンネル建設工事等の設計及び施工の状況等について

本件分水路トンネルは、事故発生当時、上流部分の水門工事を清水建設株式会社(以下「清水建設」という。)が、中流部分の分水路トンネル掘削工事を飛島建設が、下流部分の分水路トンネル掘削工事を鹿島建設株式会社(以下「鹿島建設」という。)がそれぞれ個別に千葉県と工事請負契約を締結して受注し施工していた。それぞれの設計及び施工状況等は以下のとおりであった。

(一) 分水路トンネル上流部の水門等建設工事(仮設道路建設工事を含む。以下「水門工事」という。)の設計状況について

本件工事のうち、水門工事は、分水路トンネル上流の坑口付近に水門として鉄筋コンクリート製の構造物や水門前の沈砂池等を建設する工事であり、これには水門工事現場の掘削地を囲む工事用仮設道路の建設工事も含まれていた。右仮設道路は、本件当時既に完成し、工事用車両の通行などの機能を果たすと共に、隣接する和名ヶ谷用水路の氾濫に備えて掘削地内ひいては建設中の分水路トンネル坑内に水が流入するのを防止する堤防としての機能も有していた。

右工事については、改修事務所が、平成元年八月及び九月に三井共同建設コンサルタント株式会社(以下「三井共同」という。)に設計委託並びに降雨量と国分川の流量・水位の関係等についての水理計算を業務委託した。平成二年一一月ころ、右両委託業務についての中間報告会議が改修事務所において開催され、その席上、同社より仮設道路の設計水位を過去の国分川等の氾濫時の水位データ等を参考にしてYP+八・〇〇メートル(ここに「YP」とは、江戸川工事基準面を示す基準点で、東京都江戸川区堀江地先江戸川に設置された堀江量水表の零地点を基準点とした水量単位を指す。国分川分水路が江戸川水系に関連する真間川水系に属することから右基準が使用された。なお「+」は「プラス」の意味であり、基準水面よりも高水位であることを示す。)としたい旨報告があり、改修事務所国分川建設課側から出席した被告人、J副主査、K副主査らから異議も出されず、右提案どおり仮設道路の設計水位はYP+八・〇〇メートルとなった。

(二) バルクヘッド部撤去工事、仮締切建設工事の設計施工状況及び水門工事の施工状況について

本件分水路トンネル坑内には、上流側坑口より下流約三五〇メートルの地点に厚さ約五・七メートルの洪水対策用のバルクヘッド(隔壁)が設置されていた。これは、分水路トンネル掘削部分である松戸市大橋地先の谷地部の地層が薄く、土被りが少ないことからナトム(NATM)工法では掘削ができず、開削工法で行うこととなり、その際の土留めと地下水の流入防止を目的として、昭和六〇年に清水建設が築造したものであるが、昭和六二年ころからは、分水路トンネルが貫通、完成するまでの間、水門工事現場付近の洪水を緩和するために和名ヶ谷用水路からの溢水を一時的に右バルクヘッドまで入れて、暫定貯留池として利用し、かつ、和名ヶ谷用水路から溢れた水が上流側坑口から流入しても、右バルクヘッドで水の下流への流入を防止し、分水路トンネル下流部で作業する作業員の安全を確保することをも目的としていた。

被告人は、平成二年九月ころ、当該年度の予算に余裕があり、また前記(一)の水門工事と併行して右バルクヘッドの撤去工事を行えば、分水路トンネル坑内の土砂の運搬等にも便宜で工事進行に都合がよいと考え、バルクヘッド部撤去工事を計画して指名競争入札を実施し、同年一〇月二三日、株式会社建設技術研究所(以下「技術研究所」という。)が落札し、千葉県との間で右撤去工事の設計委託契約が締結された。同年一二月初めころ、右工事の設計に関する技術研究所の担当者であるBは作成した設計図面及び設計計算書等を持参して改修事務所を訪れた。その際、右図面等を検討した被告人は、その中に、バルクヘッドを撤去した後にその代わりとして分水路トンネル坑口部分に水を堰き止めて分水路トンネル坑内の作業員の安全を守るための締切状の構造物(本件分水路トンネルが貫通し、水門が完成した後には撤去されるものであり、それまでの仮設構造物であるところから「仮締切」という。以下、右構造物については「仮締切」という。)の設計がなされていないことを指摘し、Bに対して、仮締切建設工事の発注用図面の作成を指示した。Bは、右仮締切の設計依頼が当初明確には契約内容となっていなかったことから、難色を示したものの、結局は被告人の指示に従い、設計を引き受け、その場において、仮締切の用途、構造、強度などについて協議を行った。その結果、仮締切の構造については、H鋼を一メートル間隔で立て、その間に横矢板を渡し、仮締切から見て上流部分、すなわち水門工事現場の掘削地側にのみジャンボ土嚢約四〇〇袋を積んで構築することとし、その強度(設計水位ないしは耐用水位)については、被告人自らが、過去の国分川の氾濫時の水位記録と仮設道路の設計水位(YP+八・〇〇メートル)を基準としてYP+八・〇〇メートルと決定し、その旨Bに指示した。Bは、右指示を基に仮締切の設計図面等を作成し、約一週間後に改修事務所で被告人に渡した。

被告人は、右設計図面に基づき、改修事務所のO技師に設計書の作成を指示し、右設計書に基づき工事を発注し、平成三年一月二八日に清水建設が右撤去工事を落札して千葉県と請負契約を締結し、これを施工することとなった。これに伴い、同社では分水路トンネル上流側坑口付近に清水建設株式会社土木部千葉土木営業所国分川トンネル作業所(以下「清水建設作業所」という。)を設置し、現場代理人としてQ(以下「Q所長」という。)を配置し、その部下の工事係としてR(ただし右Rの在任期間は平成三年六月までで、それ以後はAが工事係として配置された。)を配置して工事施工に当たらせた。また、清水建設は前記水門工事についても、平成三年三月一六日に千葉県との間で請負契約を締結し、これを施工することとなった。同社では、右水門工事とバルクヘッド部撤去工事を併行して施工し、仮設道路については工事用車両の通行などに伴う地盤沈下等を考慮してその高さをYP+八・二メートルとして建設して完成し、同年五月二七日ころ、国分川建設課S主任技師を立合人として出来形検査が実施され、合格した。その際、S主任技師も仮設道路の高さが少なくともYP+八・〇〇メートル以上はあるものと確認した上で、改修事務所に戻り、K副主査にその旨伝え、さらにK副主査が被告人に伝え、被告人も仮設道路の高さがYP+八・〇〇メートル以上あることを認識するに至った。

清水建設は、右水門工事に並行してバルクヘッド部撤去工事を施行し、同年五月中頃からは、仮締切建設工事の準備を始めた。ところが、当初の設計図では分水路トンネル坑口付近に九本建て込むことになっていたH鋼のうち両脇の二本が既に完成していた水門部を構成する構築物のコンクリート側面に適合せず、その一部を破壊しなければ設置できないことが判明し、Q所長はその旨被告人に相談した。被告人は、完成していた構築物を破壊することなく、かつ仮締切の強度を従前どおり維持しながら設計変更して施行するよう求めた。その際、Q所長は仮締切の設計計算書を見せてくれるよう懇請したが、被告人はこれを断り、清水建設の方で計算して施行するよう伝えた。Q所長は、従前どおりの強度を維持できるよう計算した上、両脇のH鋼の代わりにコンクリート側面にアングルという鋼材をアンカーボルトで止める方法に設計変更し、同月二七日ころ、被告人にその旨説明して了承を得た。その後仮締切建設工事に取りかかり、同年六月一三日ころ、仮締切建設工事を含むバルクヘッド部撤去工事は終了し、翌一四日、被告人らの立会のもと完成検査が実施され、検査に合格したので清水建設から改修事務所に仮締切が引き渡され、以後仮締切については国分川建設課において管理していた。

(三) 分水路トンネル建設工事中流工区(その3)の施工状況について

飛島建設は、平成二年九月一日、千葉県との間で「住宅宅地関連公共施設整備促進工事中流トンネル工区(その3)」の工事(以下「本件分水路トンネル工事」などという。)を受注し、以後施工していた。中流工区の工事現場は、松戸市二十世紀が丘地先であり、同社では、松戸市二十世紀が丘梨元町三〇番地に飛島建設株式会社東京支店国分トンネル作業所(以下「飛島建設作業所」という。)を設置して、現場代理人としてBを配置するなどして右工事の指揮監督等に当たらせ、掘削工事の下請けとして成豊建設株式会社(以下「成豊建設」という。)に掘削工事を施工させていた。飛島建設は、本件事故発生当時には分水路トンネル上流部坑口付近に設置された前記仮締切から下流に向かって約一六二七メートル付近の地点、中間立坑からは約九一二メートル下流の地点の掘削工事を行っていた。

そして、中流工区より上流に当たる部分の分水路トンネルは本件当時既に完成して、改修事務所において施工会社から引渡しを受けて管理する一方、下流工区については、鹿島建設が平成二年一〇月一五日に千葉県との間で請負契約を締結して分水路トンネル掘削工事を施工していたが、右下流工区は坂川側からの掘削工事であるので、中流工区の右掘削現場は、下流工区と未掘削部分を挟んで対峙し、上流側から見た場合、掘削中の分水路トンネルの最先端部分に当たる。

なお、本件分水路トンネルの掘削工事においては、いわゆるナトム工法が採用され、その補助工法としてABフォアパイリング工法(以下「ABF工法」という。)が採られていた。右ABF工法の作業工程は、通常、以下のとおりであった(甲一八一)。すなわち、<1>ABフォアパイリング、<2>リングカット掘削、<3>上半一次金網設置、<4>上半一次吹付コンクリート、<5>上半支保工建込み、<6>上半二次金網設置、<7>上半二次吹付コンクリート、<8>核掘削、<9>上半ロックボルト打設、<10>下半掘削、<11>下半一次金網設置、<12>下半一次吹付、<13>下半支保工建込み、<14>下半二次金網設置、<15>下半二次吹付コンクリート、<16>インバート吹付コンクリート、<17>下半ロックボルト打設、<18>インバートコンクリート、<19>アーチコンクリートというものである。しかし、飛島建設においては、同社の前に中流工区を受注施工していた大成建設株式会社からの工事引継ぎの関係や打設したABフォアパイルの下を、打設した当の作業班が堀り進むことができるという工程上の便宜から右<1>のABフォアパイリングを昼と夜のいずれの工程においても最終工程として施工していた。

3 本件事故当日(平成三年九月一九日)の状況について

(一) 当日の天候状況及び改修事務所の水防活動について

事故当日の平成三年九月一九日は、台風一八号が関東地方に接近し、朝から雨が降り続き、午前九時に千葉県土木部河川課から水防指令が出された。改修事務所においても右指令に応じて、午前一〇時ころより、随時、水防パトロールに所員を繰り出していた。その中で、国分川建設課でも、午前一〇時ころ、J副主査、K副主査及びS主任技師が水防パトロールに出掛け、午前一一時過ぎころ、清水建設の水門工事現場を訪れ、隣接する和名ヶ谷用水路の水位を確認するなどした。その際、同水路の水位はYP+七・三メートル位まで上昇しており、その旨被告人に連絡するなどした。午後一時ころ、被告人は同事務所次長Tと共に水防パトロールに出掛け、春木川、国分川分派点等の降雨状況、増水状況を順次見回った後、午後二時三〇分ころ、清水建設の水門工事現場に到着した。右検分の際、春木川は既に水が溢れ、付近の道路や人家の周囲まで一面冠水している状態であった。清水建設作業所を訪れた被告人は、Q所長らと会い、右冠水状態等について話し合った後、水門工事現場の状況が変化したら改修事務所に連絡するよう指示し、同作業所を出て和名ヶ谷用水路方面を見に行った。水門工事現場の東側を流れる和名ヶ谷用水路は増水し、水位が同用水路にかかる仮橋の天端(YP+八・〇〇メートルに設定)にあと一五センチメートル位のところまで上昇し、さらに国分川本流も既に一部氾濫し、水門工事現場掘削地から約五〇メートル東側では辺り一面が水浸しの状態になっていた。その後、被告人らは、大柏川方面の増水状況をパトロールした後、同日午後四時ころ、改修事務所に戻ったが、帰る途中も、雨の勢いはますます激しく、道路も所々で冠水し、徐行運転せざるを得ない状態であった。

改修事務所に戻った被告人は、J副主査からパソコン等で収集した雨量や国分川分派点の水位のデータの報告を随時受けるなどして、国分川周辺の雨量、水位等の情報を得ていた。国分川分派点の水位は、午後四時の段階でYP+七・九メートルを超え、周辺地域の総雨量も午後三時から四時にかけては軒並み一時間当たり三〇ミリメートルを超える状態であり(甲四三)、さらに水位は上昇する気配であった。右のような情報に接して改修事務所では、被告人及びその他の国分川建設課員が飛島建設の中流工区の作業を中止させるべきかどうか協議をしたが、その場で作業中止との結論には至らなかった。

午後四時ころ、清水建設作業所の所員であるAは、水門工事現場の見回りをしていたところ、水門工事現場の東側仮設道路に接する和名ヶ谷用水路の水位が既に仮設道路の高さ一杯にまで上昇しているのを見て、現場作業員に命じて仮設道路上に砕石を盛るなどして小堤を築き、掘削地内への水の流入を防ごうとした。しかし、水位はますます上昇して砕石による嵩上げをしたくらいでは水の流入をくい止めることができなくなり、午後四時三〇分ころ、水門工事現場東側の仮設道路をオーバーフローした水が掘削地内に約四~五メートルの幅で流入するに至り、砕石による小堤も流される状況になった。そこで、Aは、これ以上作業を継続することをあきらめ、作業員に右嵩上げ作業の中止を指示し、右水の流入状況を被告人に電話で連絡しようと考えた。

(二) 当日午後四時五二分ころから仮締切が決壊する午後五時一八分ころまでの間の経過(改修事務所、飛島建設作業所及び清水建設作業所間の電話のやりとり等)について

(1) 午後四時五二分ころ、Aが清水建設作業所から改修事務所の被告人宛に電話し、「和名ヶ谷用水側から水が入り、仮設道路を四~五メートルの幅でオーバーフローしてきました。」旨報告(以下「清水建設からの被告人に対する第一報」という。)したところ、被告人は「土嚢を積んで止めるようにしてください。」旨答え、さらにAが慌てた様子で「水の勢いが強くて止められそうにありません。」旨報告すると、被告人は「飛島に電話したか、飛島へはこちらから連絡しておく。水を止めることを考えてくれ。」旨答えた。この後、改修事務所のS主任技師は水の流入箇所を確認するため清水建設作業所に電話を入れ、和名ヶ谷用水路側の仮設道路上、仮橋の下流の電柱が立っているところから上流に向かって四~五メートルの範囲で水がオーバーフローしてきたなどの情報を入手した。

(2) 午後四時五五分ころ、被告人は、改修事務所から飛島建設作業所のB宛に電話をし、「上流の水門工事現場の方で周りにある土手(仮設道路の意味)が崩れて水門工事現場に水が流れ込んできている。清水建設の方が土嚢を積んで堰き止めている。夜泊まって、見回ってほしい。」旨伝えたところ、Bは「泊まっていますので、いいですよ。」旨答えた。

この後、飛島建設作業所では、Bは、当日の雨の状況のほか、成豊建設のU所長からの成豊建設の宿舎が水に浸りそうであるとの情報や被告人からの右電話の内容を考慮して、作業を中止して作業員を上げた方がよいと判断し、飛島建設従業員Vに対し分水路トンネル坑内から作業員を上げるよう指示(以下「Bの第一回目の作業中止指示」という。)し、Vも右指示に応じて、飛島建設の従業員Cにこれを伝達した。

(3) 午後五時ころ、被告人は、改修事務所から飛島建設作業所のB宛に電話を入れ、「今後は清水建設と直接連絡を取り合ってほしい。私も清水建設の方にその旨連絡しておきます。まだ大丈夫ですから、切羽の吹き付けをして下さい。」旨指示(以下「被告人のBに対する吹き付け・作業継続指示」という。)し、Bは、右指示内容につき、台風の影響で作業が中断することに備えた通常の作業工程における吹き付けの上からさらに上塗りする厚めの吹き付けをするものと理解し、その旨Vに伝え、VもこれをBと同様に理解して、Bの第一回目の作業中止指示を変更すべく、作業中止指示を現場に伝達するため、出かけようとしていたCを呼び止めて、右電話の内容に従った吹き付け・作業継続指示を伝え、Cはこれを了解し、吹き付け・作業継続指示を伝えるべく分水路トンネル坑内へと向かった。

なお、この当時、飛島建設作業現場においては、昼番作業の終了間際であり、作業工程としてはABフォアパイリングを行っており、Cが分水路トンネル坑内から飛島建設作業所に戻ってくる直前の段階でモルタル杭をあと二本打設すれば工程が終了する段階であった。

(4) ところで、Aは、被告人との電話終了後、再度水門工事現場の様子を見にいったところ、水がオーバーフローして仮設道路上から掘削地に流入する幅が当初の四~五メートルから一〇メートル位に広がっており、仮設道路上では、作業員がバックホーで水を堰き止めようとしていたが、水の勢いが強く、そのままでは、仮設道路も削られ重機が転倒するなどの危険も感じられたので、右作業を中止させて、重機を退避させるなどした(このときの掘削地内の水位は、いわゆる四・七盤(YP+四・七メートルのレベル)の仮設道路を越えていた。)。

Aは右の状態を見て、午後五時七分ころ、清水建設作業所から改修事務所の被告人宛に電話連絡をし、「堤防が切れて水がかなり入ってきてまして、勢いが強くて水はもう止められません。」旨報告(以下「清水建設からの被告人に対する第二報」という。)し、右報告を受けた被告人は、「何とか止められないか。土嚢を積んで止めることはできないか。他に止める方法はないか。」旨尋ねるなどしたが、Aは、「止められないと思います。むずかしいと思います。」旨答えた。その後、Aは、水を止めるための資材の手配などをした後、Q所長と共に現場に戻った。そのときの掘削地内の水位はYP+五メートル前後になっており、仮設道路上の水の流入の幅、すなわちオーバーフローの幅は、仮設道路の幅全域に広がり、流入の勢いもかなり強くなっていた。Aは、その後、水門工事現場に行くと、被告人からの電話を受けて水門工事現場の様子を見に来た飛島建設のBと清水建設から飛島建設へ出向した従業員のWに会った。そのときの掘削地内の水位は、仮締切の上部付近まで来ていたが、その後、ますます水嵩が増え、掘削地内はほぼ満水状態になったので、Aは、この状況を被告人に報告しようと考えて、清水建設作業所に戻ったところ、既にBが改修事務所に電話をしている最中であった。

(5) 水門工事現場を見たBは、掘削地内に水が流入している状況を目の当たりにし、分水路トンネル内部に水が入り込む危険があると判断し、現場の作業員を直ちに退避させようと考え、一緒に来た飛島建設従業員Eにその旨を現場に伝えるべく作業現場に戻らせた(以下「Bの第二回目の作業中止指示(Eを介するもの)」という。)上、自らは水門工事現場の仮締切のところまで行った。Bは、仮締切上部から分水路トンネル坑内に水が入り込んでいる状況を目撃し、午後五時一四分ころ、清水建設作業所から飛島建設作業所に電話をかけ、電話に出た飛島建設従業員Xに対し作業中止及び緊急退避の指示(以下「Bの第二回目の作業中止指示(電話によるもの)という。」)をした。Xはすぐに中間立坑へ赴き、出会ったVに、吹き付け作業をやめさせて直ちに退避する旨のBの第二回目の作業中止指示(電話によるもの)を伝えた。

一方、Eは、Bからの指示(Bの第二回目の作業中止指示(Eを介するもの))を受け、水門工事現場から車で飛島建設作業所に戻り、中間立坑から分水路トンネル内部に入った。そして駆け足で分水路トンネル坑内に入っていった。

(6) Aは、水が掘削地内にほぼ満水状態になったのを見て、右状況を改修事務所の被告人に連絡しようと思い、清水建設作業所に戻ったところ、(4)のとおり既にBが被告人のところに電話をしていた(午後五時一六分ころ)。Bは、「一面湖のようになっている。土嚢の間から水が入っている。H鋼のトンネル締切り部分はばたばたと煽られているような感じで音がしている。作業員を至急にあげなければいけない。」旨伝えるとともに、Aに対して、さらに被告人に現場の状況を説明するよう依頼し、これを受けてAは、被告人に「ほぼ満杯状態です。」と伝えていると、作業所の外の方から「切れた。」という声がしたのを聞き、仮締切が決壊したと思い、被告人に対してもその旨を伝えた。

(7) 右のように、午後五時一八分ころ、本件仮締切は、仮設道路を越えて掘削地内に流入し、その前面に押し寄せた水の水圧により決壊し、分水路トンネル坑内中流工区で作業していた飛島建設作業員C(当時二二歳)、同D(当時二四歳)、分水路トンネル内部に連絡のために入った同E(当時二九歳)、同じく作業をしていた成豊建設作業員F(当時四〇歳)、同G(当時四三歳)、同A(当時六三歳)、同I(当時四一歳)の合計七名が押し寄せた濁流に飲み込まれ溺死して死亡するに至った。

(8) 以上のとおり、被告人が飛島建設のBにかけた電話による指示(被告人のBに対する吹き付け・作業継続指示)が七名の作業員の死亡という本件結果を惹き起こしたことは明らかである。

二  ところで、弁護人は、被告人の飛島建設の作業現場に対する指示監督権限の存在、被告人からBに対する当日午後五時ころの電話による指示(被告人のBに対する吹き付け・作業継続指示)の内容及び被告人の同指示と本件作業員の死亡との間の因果関係をそれぞれ争うので、以下これらの点につき検討する。

1 被告人のBに対する工事施工に関する指示権限の有無について

弁護人は、県発注の公共工事を監督する県の監督員の監督責任は、当然発注者である県が負う責任の範囲内に限定され、監督員は地方自治法及び注文者との間の請負契約書の約定に基づいて監督権限を有するに過ぎず、これらに根拠なく監督権限を行使することはできない、また、被告人は本件請負契約上の監督員には該当しないので請負契約約款上の指示権限を有しておらず、被告人が飛島建設のBに対して行った本件電話による「指示」(被告人のBに対する吹き付け・作業継続指示)は飛島建設に対して何らの拘束力がなく、単なるアドバイスに過ぎない旨主張する。

しかしながら、国分川建設課は、工事の施工監督に関する業務を担当し、本件請負契約書によれば(甲一六七)、その一二条二項一号において、監督員は「請負契約の履行に関して乙(請負人)又は乙の現場代理人に対する指示、承諾又は協議」をする権限を有すると定める規定があり(なお、契約の履行はこの場合まさに工事の施工であるから、右文言は「工事の施工について」と同義というべきである。)、しかも右「指示」の定義につき、土木工事標準仕様書(平成二年版。弁五)一〇二条(4)は、「指示とは、監督員が請負者に対し必要な事項(方針・基準・計画等を含む)を示し実施させることをいう。」と規定し、明らかに請負人側に対する拘束力を定めているのである。ところで、監督員の定めは、事務の能率を図るために設けられたに過ぎないのであるから、監督員の権限は、発注者側の権限、すなわち国分川建設課の権限であって、そして被告人は、改修事務所国分川建設課長であるから、本件被告人のBに対する電話による指示(被告人のBに対する吹き付け・作業継続指示)は単なるアドバイスであるということはできず、まさに飛島建設に対する指示であって、拘束力を有するものであるというべきである。したがって、この点に関する弁護人の主張は理由がない。

2 被告人のBに対する指示内容について

弁護人は、被告人は、午後五時ころにかけたBとの電話のやりとりで「大丈夫だ。」との発言はしていないし、そのとき指示した内容についても長期間にわたる作業の中断を念頭に置いた、いわゆる「厚めの吹き付け」を指示したものでない旨主張し、被告人も当公判廷においてこれに副う供述をしている。

(一) 「大丈夫だ」と言う発言の有無について

被告人と直接電話で話したB証人は、当公判廷において、「大丈夫だ。」という被告人の言葉を聞いた旨明確に供述し、また、関係証拠によれば、事故当日の深夜に改修事務所に赴いたBらは、事故直前の改修事務所と飛島建設作業所とのやりとりなどの経過を記したメモを被告人及び改修事務所長のYに見せ、その内容で記者発表してもよいかとの打診をしており、右メモには、被告人の「大丈夫」という趣旨の発言が既に記載されていたので、そのまま記者発表するかどうかの扱いを巡って関係者間でやりとりがあり、結局改修事務所側の意向により、記者発表の内容を「大丈夫」とせずに「まだ余裕があるから」という内容に変更したという事実も認められる。このように、事故直後から、飛島建設側では、被告人が電話で「大丈夫だ」と言った旨認識していたことが認められる上、B証言は事故当日の経過に即して詳細かつ具体的で一貫性も備えており、その信用性は高いといってよく、また、飛島建設側が自己の責任回避のために、事故発生直後からあえて実際には存在しない被告人の発言を捏造したということも考えにくい。これらの諸点に照らすと、被告人は飛島建設に対する事故当日の午後五時ころの電話連絡(Bに対する吹き付け・作業継続指示)でBに対し、「大丈夫だ」と発言をしたと認められる。

(二) 吹き付け指示の具体的内容について

当時飛島建設作業所にいたB証人及びV証人は、当公判廷において、被告人から午後五時ころ受けた電話による指示(Bに対する吹き付け・作業継続指示)は、台風の影響による作業中断に備えた厚めの吹き付け指示であると考えた旨一致して供述している。同人らの右証言は、当時の飛島建設の作業工程が、通常の工程と異なり、いわゆる昼番の最初にコンクリート吹き付けを行い、その後で掘削を行うということになっていた関係で、事故当時の時間帯には、通常の作業工程において行われる吹き付けはあり得ないとの認識を根拠としており、飛島建設関係者の証言として極めて自然かつ合理的なものであり、右認識について同人らの証言の信用性は高いといってよい。

一方、改修事務所にいた被告人、J証人及びK証人は、当公判廷において、いずれも被告人の指示した右吹き付けの意味は、通常の作業終了時の吹き付けの意味である旨供述する。しかしながら、J証人は、飛島建設への一回目(午後四時五五分ころ)の電話の後で、仮締切が決壊して水が入ってきて切羽が崩れると困るから鏡(切羽の核を除いた部分)へのコンクリートの吹き付けの指示をした方がよいと被告人に進言した旨供述し、右進言が被告人の飛島建設への本件電話による指示の基になっていると認められることからすると、被告人の指示内容は、むしろ、B証人、V証人の証言のように厚めの吹き付けを意味していたと解する方が相当である。もっとも、被告人をはじめとする改修事務所側関係者は、飛島建設の当時の作業工程を必ずしも正確には把握していなかったという事情が窺われ、ただ漫然と、つまり被告人は、特段の見解に基づかず、単に「作業終了時に行う」吹き付けを念頭に置き、これを聞いた飛島側が自分たちの作業順序に鑑みて「厚め」の吹き付け指示と考えたということもあり得ないわけではない。

しかしながら、J及びKの各証言によれば、清水建設からの第一報の連絡があった際、改修事務所では、飛島建設の作業を中止させるかどうかについての協議をし、その後引き続いて右のJの吹き付け指示の進言があったことが認められるから、被告人の発した指示は通常の作業工程の終了時に行われる吹き付けを念頭にした指示であるというのは不自然で、やはり分水路トンネル坑内に水が来て切羽が壊れては困るとの懸念に対処するための、つまり作業中断に伴う通常の作業工程外の吹き付けを意味していたとみるのが相当である。

3 因果関係の存在について

弁護人は、被告人のBに対する吹き付け・作業継続指示は、Bが受けたのみで、そのとき既に、V、Cらは改修事務所にはいなかったので分水路トンネル坑内に伝達されていない、仮にVがBから右指示を受けたとしてもBからCそして分水路トンネル坑内へと伝わった事実はないとして、被告人の吹き付け・作業継続指示と結果発生との間の因果関係の存在を争うのでこの点について検討する。

関係各証拠によって認められる事故直前の改修事務所の被告人と飛島建設作業所のBとの間の電話連絡及び飛島建設作業所内のB、V及びCの間の指示伝達の状況は前記第一の一の3の(二)に判示したとおりであるところ、弁護人は、被告人のBに対する吹き付け・作業継続指示がVを介してCに伝わり、分水路トンネル坑内に伝達されたという点について、V及びWの各証言は相互に不整合な点がある上、各人の証言はその捜査段階の供述と不整合な点があるとして、その信用性がないとし、被告人のBに対する吹き付け・作業継続指示は作業員に伝達されたとはいえないとして、因果関係の不存在を主張するのである。たしかに、V、Wの各証言には、VがCにBから受けた右指示を伝達した場所、そのときのCの位置などその細部において、曖昧な点あるいは不整合な点があることは弁護人指摘のとおりであるが、両名の供述は、Bが被告人から電話連絡を受け、さらにBがVにそれに応じた指示を伝達し、そしてその指示がCへと伝達されたという経過やこれら指示の内容等の主要部分においては整合しているのであるから、弁護人指摘の点を考慮しても、右の点に関する各証言の信用性は十分に認められる。こうして、被告人のBに対する吹き付け・作業継続指示はCに伝達され、Cはこれを分水路トンネル坑内に伝えに入ったと認めることができる。そして、その後、Vが分水路トンネル坑内に入った際、当のCがバッテリーロコに乗って現場にいた作業員二名(A、F)を伴って戻ってきたのであるから(V証言及びX証言)、分水路トンネル坑内に被告人のBに対する吹き付け・作業継続指示が伝達されたと認められる。したがって、右の指示が作業員に伝達されなかったことを前提にする弁護人の主張は採用できない。

なお、付言するに、右のとおり、被告人のBに対する吹き付け・作業継続指示を作業員に伝達したCは他の作業員とともに午後五時一二分ころ、バッテリーロコに乗って中間立坑に戻ってきた(V証言)のであるから、もし、Bの第一の作業中止指示が変更されることなく、分水路トンネル坑内に伝達されていたとすると、仮締切が決壊した午後五時一八分ころまでには十分に作業員は中間立坑まで戻り、分水路トンネルの外へ脱出することが可能であったのである。そして、Cらが戻ってきたときに乗っていたバッテリーロコは、その当時分水路トンネル内部にいた作業員六名を乗せるのに十分なものであった(V証言)から、この時点で分水路トンネル内部の作業員の引き上げは完了していたといえるのである。すなわち、被告人の切羽吹き付け指示と結果発生との因果関係は十分に認められる。

そして、今、右認定によるCの行動が分水路トンネル坑内における時間測定の実況見分実施の結果(甲一八三)と整合するかを念のため検討するに、右結果によれば、飛島建設作業所から通常歩行速度による徒歩で、分水路トンネル坑内の切羽付近に到達するのに一〇分二八秒、その付近から中間立坑までバッテリーロコに乗車して戻ってくるのに二分四四秒(坑内制限速度時速一〇キロメートルの場合)ないし五分二〇秒(最大走行速度時速二〇ないし二三キロメートルの場合)を要し、合計一三分ないし一五分前後を要している。また、同じ経路を今度は駆け足で切羽まで到達するのに五分一〇秒かかり、同じ経路をバッテリーロコに乗車して戻ってくるのに同じく二分四四秒ないし五分二〇秒かかることになり、合計で、八分ないし一〇分強を要する。そうすると、前記認定に係るCが被告人からの指示の伝達を受け、作業現場に行き、次いで中間立坑まで戻るのに、その所要時間は、おおむね一〇分強かかっており、右実況見分の結果と矛盾せず、右認定事実との間に齟齬はない。

なお、本件被害者であるEは、他の被害者とは異なり、分水路トンネル坑内で作業に従事していた者ではないので、因果関係について一言触れておく。Eは、水門工事現場を見に行ったBが、和名ヶ谷用水路側から水が仮設道路を越えて掘削地内に流入し、掘削地が満水状態になっているのを見て、仮締切決壊の危険を感じ、作業中止及び作業員引き上げの指示を託して中間立坑に向かわせた者である。そして、Eは、中間立坑の下に降りてVに会った後、自ら分水路トンネル坑内に駆け足で入っていき、本件事故に遭遇したのである。すなわち、Eは、被告人の右指示により分水路トンネル坑内に留め置かれることとなった作業員らを退避させようとして被害に遭ったのであって、被告人の右指示がなければ、被害に遭うことはなかったのであるから、この点において、因果関係は十分認められるというべきである。

第二  業務上過失の成立

本件において、被告人が、飛島建設のBに対して電話で作業継続の指示(被告人のBに対する吹き付け・作業継続指示)をしたことにより、作業員七名の死亡という結果が発生したことは前述のとおりであり、仮設道路からの溢水が掘削地内に流入し、仮締切前面に押し寄せてきている状況を認識しながら、右指示を出したことは被告人の有する工事施工に関する指示監督権の行使として適切さを欠いていたことは明らかというべきである。そもそも付与された権限を行使する以上、適切妥当に行使しなければならないことは自明の理であり、後に述べるとおり、被告人に作業を中止し、緊急退避を指示すべき義務があるかどうかという点の問題より以前の問題として、被告人は工事請負契約書上の指示権限の行使を誤り、不適切極まりない指示を出したといってよい。この点において、まず被告人の過失を構成することができるということができる。しかし、以下においては、吹き付け作業を指示し、作業を継続させ、作業員らを分水路トンネル坑内から退避させなかった被告人の行為が検察官の主張するような業務上の過失を構成するか、すなわち、作業員を工事現場から緊急退避させるよう指示すべき業務上の注意義務に違反するかどうかについて検討する。

一  緊急退避指示義務(結果回避義務)の存在について

1(一) 弁護人(冒頭陳述及び弁論)は、請負契約の性質上、工事施工に関する災害防止義務は原則として請負人側・工事施工者側にあり、工事発注者側は工事に対する監督義務、災害防止義務を負担しない、また、本件のごとき県を発注者とする公共工事においては地方自治法の要請(同法二三四条の二)により、県側の担当監督員が工事に対して監督義務を負担する場合もあるが、右監督義務は、あくまで請負者の給付する工事目的物が当該請負契約上適正なものであるか否かを確認するために行うものであって、検査の補完的な意味を持つに過ぎず、結局、注文者である県の担当監督員の監督職務の内容は、個々の請負契約において約定される範囲に限定されるものであり、本件飛島建設との間の工事請負契約書(甲一六七)上は、発注者側の災害防止義務を定めた規定はないとして、被告人の結果回避義務、災害防止義務としての緊急退避指示義務はない旨主張する。さらに、弁護人は、本件仮締切の管理者としての被告人の注意義務の範囲について、本件仮締切の設計、設置、保存について特段の瑕疵はなかったのであるから、右管理責任を根拠として災害防止義務ないしは結果回避義務は発生しない旨主張する。

(二) 一方、検察官(論告)は、弁護人の主張するように、請負契約の性質から、注文者は請負人を指導、監督する責任はなく、ましてや労災事故の発生を防止するために作業員の安全管理についてまで指導、監督する責任を負わないのが通則であるとしつつも、本件工事は、総合治水対策特定河川事業の一環として、真間川水系河川の地域住民を水害から守るために行われた分水路トンネル工事であり、改修事務所国分川建設課が本件工事を企画、立案した上、工区や工事を区分し、自ら設計を行い、あるいは設計業者に発注して施工させ、その間、工事の指導、監督等を行うと同時に、完工した部分についてはその都度請負者から引渡しを受けて、管理していたものであり、同課が本件工事全般について主体的かつ継続的に各請負者に対し広範な指導、監督を行う立場にあったという特殊性があるほか、国分川建設課が行う指導監督には、右のような本件工事の実態を反映して請負契約書の規定により作業員の安全管理に関する指導、監督等も含まれており、被告人は、右契約内容に従った責任を負っていた、また、本件仮締切は、改修事務所が完成検査を了し、清水建設から引渡しを受けて千葉県知事の管理する公用財産となり、本件仮締切が分水路トンネル坑内に流入する洪水を堰き止め、下流トンネル坑内で作業に従事する作業員に危険を及ぼすことを防止することを目的に建設された設備であり、仮締切に対する管理責任が内部の作業員に対する安全確保にまで及んでいたとして、被告人には結果回避義務としての作業員に対する緊急退避指示をすべき業務上の注意義務があった旨主張する。

2 そこで検討するに、改修事務所国分川建設課長である被告人に、飛島建設との間の請負契約に基づいて工事施工に関する指示監督権限があるというべきことは前述((争点に対する判断)第一の二の1)のとおりであるところ、右指示監督権限を行使するに当たっては、これを適正に行使すべき義務があることは当然であり、もしこの義務に反して権限を不適切に行使し、その結果、事故が発生すればこれに対する責任を負担すべきはいうまでもないことであるが、一定の場合には、さらに進んで右指示監督権限を行使すべきことが発注者側の義務となり、適切な指示を出さないことが右義務に反するといえる場合があるというべきである。そして右の検討をするにあたっては、本件の場合、被告人が、飛島建設の中流工区を防護すべき仮締切の管理責任を負っていたことを考慮しなければならず、本件のごとき緊急状態下、すなわち仮締切が決壊に至る危険が発生した場合には、まさに右権限を行使して分水路トンネル坑内の作業を中止させ、作業員らを退避させるべきであった、つまり作業員らの緊急退避を指示すべき業務上の注意義務があったというべきである。以下この点について説明する。

3(一) 被告人の職務権限について

本件分水路トンネル建設工事は、各工区毎に千葉県と担当会社との間で建設工事請負契約が締結されており、右請負契約書、それと一体をなす土木工事標準仕様書が存在しているのであるから、被告人の職務権限の内容を判断するに当たっては、基本的にこれらの各条項及び本件分水路トンネル建設工事の性格、実態等を考慮して判断することとなる。

そして、前述のとおり、千葉県には工事施工に関し、一般的な指示監督権限があった(契約書一二条二項一号)のであり、しかも従来からこの権限を行使していたことが窺われる。確かに、弁護人の主張するとおり、請負契約の性質上、指示監督権限があるからといって一般的には、そのことからそれに対応する義務までがあるとはいうことができず、千葉県の負担すべき監督義務は、原則として個々の請負契約において約定される範囲に限定されるということができる。しかしながら、それ以外にはいかなる場合においても工事発注者側が監督義務を負担しないということを意味するわけではなく、発注者側が本件のように一般的な指示監督権限を有している場合には、当該工事が人的にも物的にも安全に施工されるべきことは工事の履行が適切になされるための当然の前提であるから、当該工事の施工に関して一定の危険な事態が発生した場合には、その損害発生を防止するために、工事発注者側においても災害を防止すべき義務を負う場合があるというべきである。例えば、飛島建設との請負契約書(甲一六七)においては、二〇条四項において、天災等発生時の工事中止指示義務が規定されているのである。そして、右中止指示は前述したとおり、千葉県側が有する工事に対する指示監督権限の行使の一側面ということができ、権限の行使が義務としてなされる場合があることを示すものである。そして、本件の場合のように、仮締切決壊という危険の発生が差し迫り、その結果分水路トンネル坑内で作業に従事している作業員の生命、身体にまで危険が及ぶような状況下においては、たとえ発注者側であっても、工事の安全施行を目指す立場に基づき適切に指示権限を行使して工事を中止させ作業員らを緊急退避させるべき注意義務を負担しているというべきである。そして、このことは、被告人が以下に述べる仮締切の管理責任をも負担していたことによって裏付けられるというべきである。

(二) 本件仮締切の管理責任について

本件仮締切は、前述のとおり、清水建設が千葉県から建設工事を請け負い完成させた上流部坑口の構造物であり、完成後に出来形検査を受けて改修事務所に引き渡されたものであって、以後千葉県側、つまり水門工事現場の担当部署である改修事務所国分川建設課が管理していたものである。ところで、当初仮締切設置までの間、分水路トンネル坑内に設置されていたバルクヘッドは上流水門工事現場東側を流れる和名ヶ谷用水路からの溢水を堰き止め、分水路トンネル坑内の作業員の生命、身体の安全を防護するという役割を担った構造物であった。本件仮締切は、右バルクヘッドを撤去することにより分水路トンネル内部には特別の遮断物がなくなり、切羽まで貫通した状態になってしまうことから、これに対処して設置されることになったものであって、その設置目的は、バルクヘッドと同様に分水路トンネル内の作業員を濁流から防護することにあるのである。こうして、その目的、構造上から、仮締切がひとたび溢水した水の圧力で決壊すれば、水が一気に分水路トンネル坑内の作業現場に押し寄せ、作業員は逃げ場を失うこととなり、本件仮締切の決壊は、内部作業員の生命、身体の危険に直結しているのである。

ところで、本件仮締切は、その安全を確保すべき飛島建設の中流工区ではなく、上流の水門工事現場の分水路トンネル坑口に設置されていたから、飛島建設には、右仮締切の状況を把握するための情報等を入手することが困難な立場にある一方、被告人は、仮締切の管理者として清水建設から水門工事現場の状況の連絡を受けるなどの方法により仮締切の現況を把握できる立場にあり、現に、被告人は、本件当日、清水建設のAからの電話連絡やその他の方法により各種情報を収集し、仮締切の現況を把握していたのである。

このような状況下においては、被告人には、仮締切決壊の危険性に注意を払い、分水路トンネル坑内の作業員らの生命、身体の安全を確保し、その危険から防護すべき義務があるというべきであり、そして、被告人は本件の工事施工に関して一般的指示監督権限を有していたのであるから、仮締切決壊が迫った場合にはその旨を仮締切による安全を確保すべき保障の対象である下流の工区に伝えるとともに、作業員が分水路トンネル坑内にいる場合には作業を中止させ退避指示をすべき注意義務があるというべきである。

なお、改修事務所において、被告人らは、右の収集した各種情報をもとに、事故の直前、飛島建設の作業を中止させるかどうかについての協議をしている(被告人の公判供述、J証人及びK証人の供述)ことを付言する。

(三) 以上のとおりであり、被告人には、飛島建設に対して請負契約上の指示監督権限を有する者として、かつ仮締切を管理する者として、仮締切の現状に注意を払い、仮締切決壊の危険が発生した場合には、分水路トンネル坑内の作業員らの生命、身体に対する危険を回避するために、当該危険の発生を中流工区の作業を担当する飛島建設に伝え、飛島建設に対して作業の中止を指示し、作業員らを緊急退避させるよう指示すべき業務上の注意義務があったというべきである。

二  予見可能性の存在について

前項において検討したように、被告人は、仮締切決壊の危険が発生したときには、中流工区の作業を担当する飛島建設に対してその作業員らを退避させるよう指示すべき業務上の注意義務があったものであるが、本件において、被告人に過失があったというためには、さらに仮設道路を越えた水で仮締切が決壊し、作業員の生命、身体に対する危険が発生することを被告人が認識できたこと、つまり予見可能性があったことが必要である。

この点について、弁護人は、本件事故は、台風の影響による大雨で和名ヶ谷用水路から仮設道路を越えて、水が掘削地内に流入したが、掘削地内の水位の上昇は予想を超えた急激なものであり、また、被告人は、右流入状況をAから電話により状況報告を受けていたのみで現実に右状況を目視したわけでなく、しかも流入状況を目撃していたB、Q所長、Aらも仮締切の決壊までは予想できなかったのであるから、被告人が、掘削地内が満水になり、それにより仮締切が決壊するに至ることを予見することはできなかった旨主張し、被告人も仮締切の決壊を心配したのは、Bからの午後五時一六分ころの電話で仮締切部分がばたばたと煽られているような音がしており、いつ壊れるか分からない状況を聞いたときであり、それまでは本件仮締切が押し寄せた濁流の水圧により決壊する危険性は全く予測していなかった旨弁護人の右主張に副う供述をする。そこで、以下この点について検討する。

1 本件当日は、朝から台風一八号の影響で雨が降っており、改修事務所においても台風の接近に伴う各種の情報等に留意し、雨量、国分川分派点の水位及び各工事現場の状況等を水防パトロールの実施、あるいはコンピューターの使用などにより把握し、被告人も水防パトロールに出た課員やJ副主査らから右情報を随時聞いていた。しかも、被告人自身がT次長と共に右水防パトロールに出て、国分川流域の溢水、道路の冠水等の状態等を実際に検分した上、本件仮締切が設置されている清水建設の水門工事現場にも立ち寄り、その際、和名ヶ谷用水路周辺の水嵩が増して周辺に水が溢れ出て、付近の道路等が冠水し、一面に水浸しの状態になっていることを目撃しており、また清水建設作業所のAらに対しても現場の状況が変化したら改修事務所に報告するよう指示するなどしていたことは前記認定のとおりである。

そして、被告人は、事故発生当日の午後四時五二分ころ、清水建設のAから、和名ヶ谷用水路から溢れた水がYP+八・〇〇メートルの仮設道路をオーバーフローしており、その水の勢いが強くて止められないなどの報告(清水建設から被告人に対する第一報)を受け、掘削地内に水が流入し、仮締切に水が押し寄せてきている状態にあったことを認識していたのである。そして、改修事務所においても、こうした事態に対処して飛島建設の作業現場から作業員を引き上げるべきかどうかについての協議がなされたということもまた前記認定のとおりである。

以上のような経過に照らせば、台風の影響による大雨で、和名ヶ谷用水路が増水し、仮設道路を越えて水が間断無く、しかも流入する幅を徐々に広げながら掘削地内に流入していたのであり、しかもなお激しく降り続く雨のため、今後はますます水が流入することが予想されたのであるから、右掘削地内が満水になるのはたやすいことであり、被告人においても、右差し迫った状況を十分認識していたということができる。

そして、本件仮締切は、前述のとおり、和名ヶ谷用水路からの溢水が分水路トンネル内に流入しないように設置された構造物であり、また仮設道路も、和名ヶ谷用水路に隣接し、右溢水に対して堤防(周囲堤)としての役割を有するものであったが、仮設道路の高さは過去の水害の際の水位等を参考にしてYP+八・〇〇メートルに設定され、それに伴い仮締切の耐用水位(強度)も同様にYP+八・〇〇メートルとして設計されていたことは、いずれも被告人が出席した会議等において設定され、特に後者については建設技術研究所のBとの打ち合わせの席でなされたものであり、しかも右B証言によれば、数値は過去の水害データを基にして被告人が提示したものであるから、被告人においては、本件仮締切の耐用水位を十分に知悉していたものと認められる(なお、本件当時、国分川建設課内において右仮締切の強度を知っていたのは、課員の転勤等の関係で課長である被告人のみであったのである。)。したがって、被告人にとっては、少なくともYP+八・〇〇メートルの高さのある仮設道路を越えた水が間断なく掘削地内に流入すれば、掘削地内の水位が仮締切の強度限界であるYP+八・〇〇メートルまで到達することはもはや時間の問題であることを予測するのは極めて容易であったというべきである。

なお、仮締切の設計水位(耐用水位、強度)がYP+八・〇〇メートルであったという点に関して、被告人は、当初捜査段階においては、これを認める供述をしながら(乙四、五)、公判においては、これを否定し、建設技術研究所のBに対して過去の水害データ等を基にしてYP+八・〇〇メートルを提示したことはあるが、あくまでも過去の洪水の水位を参考とする趣旨で、一つの設定水位として提示したもので、仮締切の設計水位、つまり強度として提示したわけではない旨供述する。しかしながら、被告人の公判における右供述は被告人と打ち合わせをした当の本人であり、これから設計すべきものとして右数値に強い関心を持って打ち合わせに臨んでいたBの供述と食い違う上、仮締切設計の打ち合わせをしている場において、当然その機能、目的からして基本的な数値として決められるべき強度の問題ではなく、単に水位の設定としての数値を提示したというのはいかにも不自然であり、被告人の右公判供述はとうてい信用することができず、捜査段階の供述こそ信用性があるというべきである。したがって、本件仮締切の強度は被告人がBとの打ち合わせの場においてYP+八・〇〇メートルと決定したことは明らかである。

2 以上のような事実に照らせば、被告人は本件当日、大雨により和名ヶ谷用水路を溢れた水が仮設道路を越えて仮締切前面に押し寄せ、その水圧により仮締切が決壊し、分水路トンネル坑内にいる作業員らの生命、身体が危険にさらされるということを十分予測できたというべきであり、右危険に対する予見可能性があったということができる。したがって、被告人に本件事故に対する予見可能性がなかったとする弁護人の主張は採用できない。

三  結論

以上のとおりであり、本件事実関係においては、被告人は、請負契約に基づく指示監督権限を有し、かつ仮締切を管理する者として、掘削地内に貯留した水の圧力により仮締切が決壊する危険が発生したときには分水路トンネル坑内で作業中の作業員を退避させるべきことを飛島建設に対して指示すべき業務上の注意義務を負担すると認められるところ、被告人は、仮締切が本件状況下においては決壊するに至るべきことについて十分予見が可能であったにもかかわらず、仮締切の強度を失念するなどして決壊の危険性に思いを致さず、漫然と飛島建設のB現場代理人に対して切羽吹き付け・作業継続指示を出したのであるから、被告人の右行為は、結果回避義務、すなわち、分水路トンネルの坑内作業を中止させ、作業員の緊急退避を指示すべき業務上の注意義務に違反したものであり、そして、その結果、分水路トンネル坑内にいた作業員ら七名を死亡するに至らせたものであるから、被告人には業務上過失致死罪の成立が認められることになる(なお、検察官は、訴因において、被告人が当日午後四時五五分ころ、飛島建設作業所に電話をかけ、Bに対し、仮設道路から越水した事実を伝えた際、作業員の緊急退避を指示しなかった点も被告人の過失行為としてとらえているが、右連絡の直後、Bは第一回目の作業中止指示を出しており、これがそのまま実行され、被告人のBに対する吹き付け・作業継続指示がなければ本件結果は発生しなかったと認められるので本件結果との間の因果関係がないというほかなく、本件過失行為と認めることはできない。また、弁護人は、当日午後五時ころの被告人の指示が作業現場に連絡されなかったことを前提として、被告人は当日午後四時五五分ころ、飛島建設作業所に電話を入れ、Bに仮設道路から越水した旨伝えているのであるから、Bが被告人からの右連絡に対応して適切な災害防止方法をとるものと信頼することが許され、作業員の緊急退避の指示を行う注意義務は存在しない旨主張する。そこで検討するに、Bは被告人からの右越水の情報を得て、飛島建設の独自の判断でまさに災害防止のため適切にも作業中止指示(Bの第一回目の作業中止指示)を出したところ、前示のとおり、被告人はその後午後五時ころになり、Bに電話で「大丈夫だ。切羽の吹き付けをして下さい。」旨指示(被告人のBに対する吹き付け・作業継続指示)をして、Bの出した作業中止指示を取り消し、それが作業現場に伝達されたのであるから、Bが適切な災害防止方法をとるものと信頼するなどということは許されないというべきであり、弁護人の右主張は理由がない。)。

よって、判示のとおり認定したものである。

(法令の適用)

被告人の判示所為はそれぞれの被害者について平成七年法律第九一号附則二条一項本文により、同法による改正前の刑法二一一条前段に該当するところ、右は一個の行為で七個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により一罪として犯情の最も重いAに対する罪の刑で処断することとし、所定刑中禁錮刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を禁錮一年六月に処し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

被告人は、改修事務所国分川建設課長として、本件分水路トンネル工事施工の指示監督に当たるとともに、仮締切の管理者として、事故発生当日には同事務所において、折からの台風一八号の接近による大雨に対処して時間を追って集積される水位データ、雨量情報などに接していたほか、当日早朝には水防指令が発令され、雨量の増大に従って水防注意体制から水防警戒体制に移行していた状況下、被告人自らも水防パトロールに出るなどして国分川及び和名ヶ谷用水路の状況を検分し、これら河川の増水により工事現場付近が一面に冠水している状態を実際に目撃したばかりか、本件事故の前には清水建設作業所のAからは水門工事現場へいよいよ周囲から水が流入し初めている旨電話により連絡を受けていたのである。そして、右連絡を受けたころには従前にも増して降雨が激しかったのであるから、現場の状況、すなわち、YP+八・〇〇メートルを超す仮設道路の周囲には一面水が満ち、その水が水門工事現場に流れ込んでいるという状況からすれば、このまま推移すればすぐに仮締切前の掘削地が満杯になることは容易に予想できたというべきである。しかも、被告人は、本件仮締切の耐用強度がYP+八・〇〇メートルであることを認識していたのである(当時の改修事務所においては被告人のみがそれを認識していたという。)から、掘削地が満杯になれば仮締切の耐用強度を超え、それが決壊するに至るであろうことはこれまた容易に予想し得たというべきである。それにもかかわらず、被告人は、仮締切決壊の危険性を全く予想せず、漫然と作業継続という不適切極まりない指示を出すなどしたものである。被告人は、当時仮締切の強度がYP+八・〇〇メートルであることをすっかり忘れていたというのであるが、被告人が平素から仮締切の状況、あるいはその安全性について十分注意を払ってさえいれば、仮締切の強度(自らが設定したもの)を忘れるなどということは、およそ考えられないことである。しかも、当時の、時間を追って変化する緊迫した状況を前提にすればなおさらのことである。被告人の過失は極めて大きいというべきである。

その結果、分水路トンネル坑内で工事などをしていた作業員ら七名が突然押し寄せた濁流に飲み込まれて溺死するに至ったものであって、被害者が七名の多数に及ぶこと、被害者の遺族、家族に大きな苦痛を与えたこと等を考慮すると、本件結果は極めて重大である。

さらに、本件仮締切の設計の経緯及びその設計変更の経緯をみると、被告人は、建設技術研究所のBに対してバルクヘッド部撤去工事の設計を指示した際、仮締切の設計を明確には指示せず、その後仮締切の設計をするのは当然であるなどとして急きょその設計を指示し、その後の仮締切を建設する段階において、当初の設計図どおりでは施工が不可能であると判明し、清水建設が設計変更を余儀なくされた際、同社から当初の仮締切の強度計算書の閲覧を求められたのに、ことさらこれに応ぜず、清水建設が自社の計算で設計変更して施工するよう指示するなどし、また、本件事故発生以前に雨で和名ヶ谷用水路の増水により掘削地内に水が入り込むという事態が二度までも生じ、水門工事現場担当の清水建設から今後の大雨という事態に対処するために仮設道路を嵩上げするよう打診があった際、これを不要としてこれに適切に対応せず、その結果、清水建設は自己の判断で砕石を用いて仮設道路上に小堤を構築することを余儀なくされるなどしていた事情が認められる。これらの事実をみると、被告人が、水門工事現場及び仮締切の安全性の確保に対しこれまで必ずしも十分な関心と注意を払ってきたとはいえないのであって、こうした態度が、被告人の本件の不用意な指示の一因となったといわざるを得ない。

また、本件事故の発生により分水路トンネルの完成は大幅に遅れた上、本件工事の安全性に対する信用は著しく損なわれるなどその社会的影響も看過し得ないものがある。

以上の諸点に鑑みれば、被告人の刑事責任は極めて重大であり、その不注意な行動は厳しく非難されなければならない。

しかしながら、被告人は、本件事故の結果の重大性を認識し、事故発生後現在に至るまで被害者の冥福を祈っていること、これまでに前科もなく、千葉県職員としてまじめに職務に専心してきたことなど被告人のために酌むべき事情も認められる。そこでこれらの事情をも総合考慮して、被告人を主文に掲げた刑に処するのが相当であると判断した。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 北島佐一郎 裁判官 原啓 裁判官 金子大作)

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